思うこと

宇宙人と会えないことと地球のSDGsの関係

 「宇宙人はいるか」のつづきです。

 「宇宙人はこの広い宇宙のどこかにいるはずだよ」と言うと、子どもは「なんで見つからないのか」と尋ねます。どこかにいると思えるのに見つからない理由を考えていくと、ある疑問にいきあたりました。それは仮定を重ねた杞憂みたいなものですが、「宇宙人は、宇宙交信できるくらいの知性を持ったまま長い時代を生き続けることができないのではないか」ということです。

 最近、6光年先に地球型の惑星が見つかったというニュースがありました。はやぶさ2が持ち帰った小惑星リュウグウのサンプルから、宇宙で生命ができそうだと思わせる結果が得られていますから、地球の近くに複数の生命惑星があるとする仮定は許されるでしょう。地球型の惑星にはすぐに生命が発生して進化し、宇宙人が宇宙交信できるまでに技術を発達させる、と仮定するのも許してください。

 問題はここからです。それなのにそこからの信号がとらえられないのはなぜか。地球の近くにいくつかあるだろう生命惑星のうち、どこか一つでも地球よりも早くに進化が始まっていて、何千万年もの間宇宙人が技術を失わずに生き続けていたら、今の地球人は先方からの信号をとらえているはずです。それがないのは、宇宙人として進化できたとしても、あまり長く生きられずに絶滅してしまうからだと考えることができます。ちょうど今の地球人と同じように自らの生存環境を破壊した結果として、です。

 地球の人類は2015年に、この後ずっと自分達が生きながらえていくための「持続可能な開発目標(SDG’s)」を掲げました。でも、その効果についてはまだ大きなニュースになっていません。あまつさえ、2022年の今もまだ、大国が耳目を驚かすような侵略戦争を展開しています。

 環境に適した生物が生き残っていくのが地球生命のルールです。自らの生存環境を破壊する生物種が生き残れるような仕組みはありません。人類がこのルールを守れないのであれば、絶滅という運命を受け入れるしかありません。個人の幸せのために技術を発展させ、人類全体の生存環境を犠牲にしてきたのです。ここが人類の限界かも知れません。もっと怖いのは、宇宙人の方もまた同じように知性を得た後すぐに絶滅してしまっている可能性です。知性が種の存続を妨げるものであるとすると、人類が絶滅するのも必然ということになってしまいます。

 人類を含む宇宙人が長く生きられないものだとして、交信できる可能性を考えます。仮にヒトが宇宙交信できるくらい知的でいられる時間が1000年間で、6光年先の宇宙人も同じだとします。生物の進化が進んだ数千万年の間にこの知的な1000年間が二つの星で同時に起きる確率は数百億分の1です。この星の宇宙人と交信できるのは、火花が弾けるほどの一瞬が同時に起こった時だけというわけです。可能性は低いと思います。

 どこかに宇宙人がいると思えるのに見つからない理由は、生きている時間が短くて、それがずれているためではないかと思うのです。もしも、どこかの宇宙人と交信ができれば、「いやいや、知性を持った種も生きながらえる術があるんだよ」とわかるわけで、私の疑問は杞憂であったことになって大変ありがたいのですが。

 はじめに戻って、さあ子どもにはなんと答えましょうか。自分の考えを構築してもらいたいので、ぼくの杞憂は伝えないでおきます。「宇宙人はいるかもしれないけど見つからないんだ。この状況がどういうことか考えてみないかい。」「宇宙人と交信するためにはどんなことを考えておかなくてはいけないだろうね」などという空想のお話から、地球人が生き続けるためにはどうすればいいかという話にまで広がっていけばと思っています。空想するのは楽しいから子どもたちも話に乗ってくれるのではないでしょうか。

※面白かったドキュメンタリー
NHKスペシャル ヒューマン・エイジ人間の時代 プロローグさらなる繁栄か破滅か 2022年4月24日放送

市河三英

-思うこと